ジョン・ヴォイトは40年に渡り映画界で活躍するオスカー俳優で、そのキャリアは1969年のアカデミー作品賞受賞作『真夜中のカーボーイ』から始まる。ヴォイトはこの作品で同主演男優賞にノミネート、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞、ニューヨーク映画批評家協会と全米映画批評家協会の最優秀男優賞を受賞した。78年の『帰郷』では戦争で障害を負ったベトナム帰還兵を演じ、アカデミー主演男優賞を受賞。ゴールデン・グローブ賞、カンヌ映画祭最優秀男優賞など数々の栄誉に輝く。さらにヴォイトはアンドレイ・コンチャロフスキー監督のスリラー『暴走機関車』(85)の演技で3回目のアカデミー主演男優賞にノミネートされる。2001年、マイケル・マン監督の『ALI アリ』ではアカデミー助演男優賞にノミネートされ、再びゴールデン・グローブ賞にもノミネートされた。彼は、ジョン・ブアマン監督のアクション『脱出』(72)、フランコ・ゼフィレッリ監督の『チャンプ』(79)、フランシス・フォード・コッポラ監督の『レインメーカー』(97)でもゴールデン・グローブ賞にノミネートされている。最近の出演作はマイケル・ベイ監督の大ヒット作『トランスフォーマー』(07)、ヒット作『ナショナル・トレジャー』(04)と、その続編『ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記』(07)『グローリー・ロード』(06)、メリル・ストリープと共演したジョナサン・デミ監督の『クライシス・オブ・アメリカ』(04)など。また、コメディ・ヒット作『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(08)に自分自身の役でカメオ出演している。
今年の東京国際映画祭の審査委員長の任を喜んでお受けいたします。私は幸運にもこれまで映画芸術の成長を見てきました。映画は文化、意見、物語を交換する世界各国の共通語となりました。時間を経て技術が進歩しても表現の本質は変わりません。人間の視点から人間の物語を語るのです。これが私たちを、そして笑い、涙、喜劇、悲劇という世界共通の要素、劇場の照明が消え、映画が始まると同時にフィルムメーカーがあやつる映画の魔法の全てを結びつけるのです。出品された作品を見るのをとても楽しみにしていますが、その中から作品を選ぶのは大変な困難が伴うことでしょう。その前にこの場を借りて、選ばれたフィルムメーカーたちにお祝い申し上げます。皆さんの長く実りのあるキャリアを祈っています。
ロサンジェルスのクリエイティブ・マネジメント・アソシエイツのエージェントとして、ロバート・レッドフォード、ピーター・セラーズ、アルバート・フィニー、アヌーク・エーメ、フェイ・ダナウェイ、シドニー・ポラックほか多くの代理人を務めてきたマイケル・グラスコフ。『イージー・ライダー』(69)の企画をまとめ、プロデュース業を経験した後、デニス・ホッパーの『ラストムービー』(71)、『サイレント・ランニング』(72)の製作総指揮としてキャリアをスタートする。その後メル・ブルックスの『ヤング・フランケンシュタイン』(74)、スタンリー・ドーネンの『ラッキー・レディ』(75)、ヴェルナー・ヘルツォークの『ノスフェラトゥ』(78)、ジャン=ジャック・アノーの『人類創世』(81)、ピーター・オートゥール主演“My Favorite Year”(82)などを製作。その他の作品には『ブルージーンズ・ジャーニー』(74)“Burning Love”(88)クリント・イーストウッド主演の『ピンク・キャデラック』(89)『ドク・ソルジャー/白い戦場』(92)『キスへのプレリュード』(92)などがある。
グラスコフはニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アーツに古典演劇を現代の脚本に脚色するクラスを創設し、自ら教鞭もとった。現在、ラブコメ“Overnight”を製作中。
栄えある第21回東京国際映画祭の審査員を拝命し、たいへん光栄に存じます。かつて審査員を務めた私の友人たちはとても素晴らしい経験をしました。私は長年にわたり、日本映画に敬意を表してきました。特に大島渚や黒澤明監督の作品は素晴らしいものです。ジャン=ジャック・アノーと私が賞賛してやまない『デルス・ウザーラ』(75)は『人類創世』(81)にインスピレーションを与えてくれ、この作品はフランスの最優秀映画としてセザール賞を受賞しました。私は映画祭に選ばれた数々の作品を拝見し、日本や世界各国のフィルム・メイカーや映画業界の人々にお会いできるのを楽しみにしています。
1958年北京に生まれたフォ・ジェンチーは、78年に北京電影学院美術科に入学。82年に卒業後、北京映画製作所のアート・デザイナーとなり、そこでの10年を超えるキャリアの中で“September”『盗馬賊』(85)“Experience of Passion”“Dasaba”など数多くの作品に携わった。95年に『山の郵便配達』を監督し、金鶏賞最優秀作品賞、インド国際映画祭銀孔雀賞(審査員大賞)、そして第23回モントリオール世界映画祭で観客賞を受賞するなど、数多くの賞に輝いた。『藍色愛情 A Love of Blueness』(00)は2001年の金鶏賞最優秀監督賞を受賞している。『ションヤンの酒家(みせ)』(02)は第6回上海国際映画祭で最優秀作品賞、最優秀女優賞、そして最優秀撮影賞を受賞した。03年には第16回東京国際映画祭で『故郷の香り』(03)が上映され、最優秀作品賞と最優秀主演男優賞を受賞している。『初恋の想い出』(05)は05年の上海国際映画祭で再び最優秀女優賞を受賞した。
爽やかな秋空のもと、果実の収穫期の季節に、光栄にも東京国際映画祭の審査員を務めることになりました。映画の収穫期でもあるこの時に、さまざまな国の映画を見ることができるのはうれしいことです。私の作品『故郷の香り』も以前東京国際映画祭で最高の栄誉をいただき、あの時の授賞式のすべてが今も目に浮かびます。映画人にとっては忘れがたい幸福な経験でした。アジアと世界の映画の交流と発展に長年にわたり、積極的な貢献を果たしてきた東京国際映画祭の成功をお祈りしています。
写真は単なる趣味でした…。私は生活のためになにか“真剣な”ことをしなければならなかったのです。だから、ウルグアイの獣医科大学に入学しました。1969年初めのことでした。皆、とてつもない変化を狂ったように探し求めていました。“革命”がすぐそこに差し迫っていたのです。それで、私もこんな保守的な生活は終らせようと、カメラを鞄に詰めると隣国のブラジルに“世界を見る”ために向かいました。ヒッチハイクと野宿をしながらの旅でした。
到着したある小さな町で私はルイと出会いました。とても素敵な“二世”で、私にとって初めての東洋人の友人です。彼は映画を勉強していました。なんてこった!! それって職業なのか? そうだけど、なんで? 家に飛んで帰って書類を提出し、ブラジルにやってきて、4年間映画学校で過ごしました。そして今こうしています。ありがとう、ルイ。やれるといった君は正しかったよ。
主な作品:『シティ・オブ・ゴッド』『ナイロビの蜂』『ブラインドネス』
映画を作ることは私の情熱です。言うまでもなくたいへんな仕事です。1日12時間から14時間働いても、映画になるのはほんの2、3分かもしれません。それに3か月も撮影していると疲れ果ててしまいます。休息が必要です。休みたいと思ったとき何をしますか? ビーチでホリディ?
いいえ、それでは退屈で面白くありません。
そんなときは映画祭に出かけて、たくさんの映画を見るのです。それが一番です!他の人たちがどんなことをしているのかを見るのです。彼らのたいへんな仕事を、物語を、そして彼らの情熱を。
ありがとう、東京国際映画祭。私は嬉しくて、ワクワクしています。とても光栄に思っています。自分の仲間たちの映画を審査することに全力を尽くします。
女優。作家、檀一雄の長女。東映映画『昭和残俠伝・破れ傘』でデビュー。その後「連想ゲーム」のレギュラーを15年間つとめ、お茶の間の人気者に。『男はつらいよ・寅次郎純情詩集』「日本の面影」「蔵」『山桜』など国内の映画やドラマに数多く出演する一方で、イギリスやアメリカとの共同制作ドラマや オーストラリアでの舞台など、積極的に活動。第17回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。近年はエッセイも好評で「ああ言えばこう食う」はベストセラーとなり、第15回講談社エッセイ賞を受賞。きものが大好きで、「檀流きものみち」は全国の産地を訪ね歩いて本にまとめた労作。ライフワークにしたい と現在も「きものサロン」で連載中。11月には、お茶の世界を体験した「檀ふみの茶の湯はじめ」が出版される。現在NHK教育「新日曜美術館」では司会として、NHKハイビジョン「日めくり万葉集」では朗読と語りでレギュラー出演中。
このたびは、思いもかけない大役を仰せつかり、ただただびっくり、緊張しております。私のようなものにちゃんと務まるものか、はなはだ不安ですが、今まで映画にもらった勇気や感動や喜びを総動員して、誠実にお役目を果たして参りたいと存じます。願わくば、十年、二十年と、人々の心の中で輝き続ける素晴らしい作品に出会えますことを!傑作を前に、審査員一同が感動にうち震え、言葉を失う…、そんな場面を夢見ています。
1934年4月、大阪市に生まれる。58年、東京大学文学部英文学科卒業、東映映画株式会社に入社、脚本作家要員として京都撮影所に配属されて、ニュー東映作品の『柳生武芸帳』シリーズでデビュー、以降、数多くの時代劇を執筆して、フリーとなって後、任侠、実録路線で、『日本の首領』『まむしの兄弟』などのシリーズや『仁義なき戦い』シリーズを尊敬する先輩、笠原和夫のあとをうけて執筆し、『野生の証明』『復活の日』『鬼龍院花子の生涯』『陽暉楼』『櫂』『春の鐘』『蔵』『極道の妻』シリーズなど、深作欣二監督、五社英雄監督、降旗康男監督、中島貞夫監督、蔵原惟繕監督らとおもに組んで仕事をして来た。最近作は、2008年正月の東映映画『茶々、天涯の貴妃』である。84年、日本アカデミー賞最優秀脚本賞、96年、牧野省三賞ほか――テレビ作品をふくめれば、作品の数では、ギネスものではないかと、本人はひそかに自負している。
1本の映画が完成すると、まず、関係者の評価があり、続いて、ヒットしたとかダメだったとか、最初の評価などどこ吹く風の取りざたがなされる。誰でもほめられたら嬉しいし、けなされたら腹が立つ。そこで、しっかり持っていないとやってゆけないのが、自作他作を含めての評価の基準である。映画の最も重要な骨子が筋書きであることは誰も否定しない。私が本職とするシナリオの出来にかかってくるが、映画はそこからが厄介で、信じられないほど多種多様の要素が入って来てまったく別の芸術品に変貌するのだ。だが、どんなジャンルの映画でも、興奮と感動を与えてくれるものはたいてい面白い。世界中の作家や技術者が、さあ、これ見てみいと突きつける労作の数々、おいそれとはモノいえないが、大胆不敵にお相手して、これと言うものを、多くの人々に紹介したいと思う。